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【報告】劇場トーク「親の自立・子の自立(2回戦)」(Part.15)

劇場トークのご報告、第15弾をお届けします。

【7月23日(土)】
テーマ;「親の自立・子の自立(2回戦)」
ゲスト;海老原宏美さん(出演者)、海老原けえ子さん(宏美さん母)

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(宏美)
今日はお忙しい中お越しいただき本当にありがとうございます。映画に出させていただきました海老原宏美です。

(けえ子)
海老原けえ子と申します。一応、母です。ちょっと離れて生活していますけれども、母はずっと母だと思っています。座ってお話させていただきます。

(宏美)
今日のテーマは「親の自立・子の自立」ということで、お互い自立しようとこの10何年やってきたんですけど、映画の中でマンドリンを弾きまくっていましたね。今も時間があればマンドリンを弾きまくっているという感じなんですけど、世の中の、特に日本ではなんですかね。障害を持っている、特に重度の障害を持っている子どもに対して親というのは、つい責任をすごく感じてしまっていて、自分が倒れて死ぬまではこの子の面倒を見なくてはとか、人さまに迷惑をかけられないとか、この子のことは自分しか分らない、自分しか介助できないと思って、ずっと一緒に暮らしている人がすごくたくさんいるんですね。
私は24才で自立を始めたんですけど、昔からスパルタ教育でスパルタ母なんですよ。こう見えても。小さい頃から「あなたはなんでそういう風に考えたの?」とか「なんで○○さんに頼まなかったの?」とか言われてきたんですね。私はそれが普通だと思っていたんです。「そんなもんなのかな」と思っていたんですけど、社会に出て一人暮らしを始めて、同じように地域生活を送る障害者の相談支援を始めてみたところ、親が70、80になっても一生懸命子どもの面倒を見てっていう家族があまりに多いことにびっくりしたんですね。
あれ?うちっておかしかったんだ。普通じゃなかったんだ、っていうのを大人になってから知ったんですよね。昔はもっと多かったと思うんです。親が「面倒を見なくちゃ」って抱え込んじゃう家族がすごく多かったと思うんですけど、なんで自立させようと思ったんですか?

(けえ子)
その前にね、映画に出ていた優太郎くんのお父さん、お母さんと自分がとってもダブるんですよ。私は娘を育てて、30年も前なんですけど、今なお同じような気持ちで育てているんだなと。すごく共感したんです。優太郎くんのお父さんとお母さんは、「高校を卒業したら自立できるからね。やっていこうね」って、一生懸命語りかけて、優太郎くんが先々どうなるか分らないのに、一生懸命じゃないですか。まさしくそうでした。
だって「3才までしか生きられない」って言われたんですよ。1才2ヶ月で言われたんですから。このように元気で生きていて、お客さんの前でトークをするなんて描けなかったんです。おそらく優太郎くんのお母さんもそうだと思うんですよね。でも、それが根っこの自立だと思うんです。
それとわが家が自営業だったこともあって、自分は稼ぎがないんですよ。ご飯の用意をして子育てをしたらそれだけでもお金に換算したらすごいことだと思うんだけど、ちょっと男性にはそういう感覚がなくて常に「食わせている」と言われていたので、娘には自分で働いて自分のお金で自由に人生を送って欲しいという思いがすごくあったなと思いますね。

(宏美)
それは自分の生育暦と何か影響がある?

(けえ子)
はい、私の父親は僧侶なんですよね。すごく厳格だったんです。「女性はこうあるべき」と。Gパンはいちゃいけない、漫画を読んじゃいけないと。父親はすごく一生懸命だったんですよ。40才ぐらいまでは私も父の影響をすごく受けて。結婚するときに、自分の通帳を見たことがない、全て母親に任せていたという人が、私にとっては素晴らしく見えちゃった。この人に忠実についていくことが父親から与えられたすごく良いものだと、自分で選んだ。今でも自分で選んだという点では誇りに思っているから、どんな苦難でも頑張れるんですよね。これが自立かなと。

(宏美)
いやーどうなんだろう。私が感じている自立ってちょっと違うんですよね。今、「自分で稼いだお金だから自由に誰からも束縛されずにやっていける」という話があって、それは専業主婦である自分は仕事ができなくて稼げなかった人だからそういう感覚があるのかもしれないですけど、私は今たまたま仕事があって、お給料ももらえて、それは確かに自由かもしれないけど、じゃあお金が稼げない障害者はどうなの?ってことを考えると、別にそこは自立とは考えていなくて、とにかく自分の人生を楽しめればいいのかなって、究極を言えばですよ、思っているんですよね。
人に管理されていたら、あんまり楽しくない。「あれやりなさい」「これやりなさい」って言われてたら楽しくない。そんなの自立じゃない。お金が稼げなかったら旅行に行ったり、何かするにも楽しくない。楽しいか楽しくないかって結果で出てくると思うんですけど、結果的にすごく楽しく生きていられれば、お金が稼げようが稼げまいが、誰かと一緒にいようがいまいが、自分の人生をどこまで楽しめているかということで最終的には決めればいいのかなって思っていて、誰かに「こうしなさい」って言われて、それに従っていることがすごく幸せだと言う人はそれはそれで自立だと思うんですよね。
自分がこういう風に生きていきたいって思って、それが実現できることがすごく大事で、それを実現していくためにどれだけの援助が要るかって関係ないと思っているんですね。私は生活の全てに介助が必要で、何をやるにも誰かに何かを頼んで、手伝ってってやらないと生活していけない訳ですよね。でもそれが不幸かって言ったら不幸ではないし、大変なことはすごくありますよね。「ああして欲しい」「こうして欲しい」って言ってもうまく伝わらなくて、全然違うことをされちゃうとか、「違うんだよなー」とか思いながらやっていく大変さはあるけれども、それだけ必然的に人と関わる機会が得られることはすごく有難いことだなって思ってるし、大変だからこそ自分が「こうしたい」って思った時に伝わったときの喜びって、すごく大きいんですよね。
総合的に今の自分の生活が楽しいなって思えていることがすごく大事なんじゃないかっていう風に思います。母親はすごく従順なので、「あなたこうしなさい」「こうした方がいいよ」って言われてその通りにやって、「よく出来たね」「偉かったね」って言われることがすごく喜びだったわけですよ。「全然、自立してないじゃん」って思うんですけど。一人で旅行とか行けない人だったんですよね。なんでなの?あれ。行き先を選べなかったの?

(けえ子)
この前、一人旅をしてきたんですよ。初めて。変わりましたね。ここにこうしていられるのも良かったなと思いますよね。母と娘がこういうことを考えるのはこういう場しかないんです。本当に「自立」って、一人ひとりの感覚が違って良いことなんだと。親と一緒にいても、経済的に大変でも豊かでも、健康でも健康じゃなくても、その人がその日を楽しいというか、これで良いんだというのが自立なんでしょうね。いま奥多摩の山奥で、それこそタンポポ、つくし、そういうものにすごく感動するんですよね。
それが私の中では自分で選択して、自分で喜びをつかみとっているのかなと。子どもが私から離れて、私が子どもから離れて得られたものだなと思います。

(宏美)
一人暮らしを始めてやっと親子になれた感じですよね。障害者って一緒に住んでいると親とか家族でも介助者であって、保護者であって、自分の身体は人質で、機嫌を損ねるとトイレ介助してくれないとか、外に連れて行ってくれないとか、いつも顔色見ながら機嫌の良い時に頼みたいことを頼むというのをずっとやってきているんですよね。
そうじゃなくて自分の支援をしてくれる人を別にちゃんと確保できた時に、初めて文句も言えるし、「お母さん、それ違うんじゃないの」と言えるし、一緒に遊んだりも出来るし、遊んでる途中で喧嘩して別れても安心じゃないですか。別にいなくなってもいいやと思ってるから。そういう親子関係になれるというのが、お互いの自立の一つかなと思います。障害を持った当事者としては、私のために自分の人生を犠牲にして頑張って来たんだと、親や家族に思われることが一番辛いんですよね。
もう自由にやってくれということをモットーにやってきているんですけど、今はマンドリンの演奏会で打ち上げに行って、終電が無くなった時にしかうちに来なくて「今日泊めて」って来る。それがすごく健全だなっていう風に思っています。お互いに今後、何年生きるか分ないけど、お母さんは何をして行きたいですか?

(けえ子)
老後のためにって、すごくお金に縛られていたんですよね。真面目で殻を破れない人間だったので、子どもに老後は面倒をみてもらえないって。だからお金が必要だって、縛って縛って縛りぬいているんですよ。でも一人旅をして、こんなに自由でこんなに楽しくて、こんなに色んなことが発見できるのであれば、お金はついてくるというか、無くなったら無くなったで生きられるかなっていう変な自信がつきました。

(宏美)
じゃあ、どんどん旅をしてください。たまには旅行チケットを1枚ぐらいあげようかなって思っています。あまり時間がなかったのですが今日はこれで終わりたいと思います。ありがとうございました。

(けえ子)
ありがとうございました(拍手)。

以上

(要点採録/文責 西尾直子)

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